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グリーンライン上にあった遺跡 梨ノ木遺跡

小泉山の脇、グリーンライン上にあった遺跡、それが梨ノ木遺跡です。

グリーンラインができて通勤通学が便利になった、そういう方も多いかと思います。このグリーンライン上で小泉山の北、諏訪東京理科大学の東にある遺跡が梨ノ木(なしのき)遺跡です。

上空から見た梨ノ木遺跡

上空から見た梨ノ木遺跡(平成10年(1998年))。調査区手前のグリーンラインのところは、この2年前に調査をおこなった場所で、梨ノ木遺跡の範囲内です。

上空から見た梨ノ木遺跡2上空から見た梨ノ木遺跡3

北から見た梨ノ木遺跡(左。写真中央の茶色いところが調査区)。こんもりとした山は小泉山です。
平成8年(1996年)の調査区(右、白の実線が調査区)。南東方向から撮影しています。白い点線はグリーンラインのおおよその位置を示しています。
梨ノ木遺跡から見つかった縄文時代の竪穴住居は75軒でした。特に、縄文時代中期のはじまりのころでは、八ヶ岳山麓でもトップクラスの規模を誇っています。

梨ノ木遺跡から見つかった土器あれこれ

そんな梨ノ木遺跡から見つかった土器を見ると、いかにも八ヶ岳の土器という資料に混ざって、北陸地方の土器や霞ケ浦周辺で大流行していた土器の影響を強く受けた土器があります。

ここでは、ヒトや動物を飾りつけや文様として描いた土器を紹介したいと思います。

トカゲなのかヘビなのか、それとも想像上の生き物か?

梨ノ木遺跡第84号住居1

梨ノ木遺跡の第84号住居です。住居の輪郭を白い点線で示しています。問題の土器は、この住居の炉にセットされていたものです(白い実線のところ)。

梨ノ木遺跡第84号住居2梨ノ木遺跡第84号住居3

白の実線の範囲を拡大したところ(左)。土器がまるまるひとつ埋まっています。この土器をゆっくりと発掘していったところ、トカゲのようなヘビのような、とにかく「どう見ても爬虫類だ!」という文様が顔を出してきました(右)。この写真ではよくお伝えできないのが残念ですが、実物は当館でご覧いただきたいと思います。現時点ではトカゲ派が優勢です。
ちなみに、縄文時代の人々の脳みそは現代の私たちと変わるところがありません。ですので、神様や先祖の霊など、想像上の存在、観念的な存在を生み出し、他人と共有できたと考えられます。ここで紹介しているトカゲ?も、実は想像上の生き物を土器の表面に文様で描いた、と考える説もあります。

イノシシ登場

イノシシ装飾付土器

マンガに出てきそうな感じのデザインで、土器の縁にちょこんと付けられた動物、一目してイノシシです。正面から見ると、鼻と鼻の穴がものすごく強調されているため、ときには館内を「ブタだ!」という大きな声が響くこともあります。
ここまでかわいらしくデフォルメしたデザインですので、イノシシに対するどうしようもない愛情があったかもしれません。イノシシは、縄文時代においては2大食肉のひとつですので、イノシシの肉が大好きだったのでしょうか。あるいは、イノシシは一度に数頭出産しますので、安産多産の象徴として、土器装飾にしたという説もあります。最近では、縄文時代の人々にとってのペットだったのではないか、と考える研究者もいます。
確かに、この愛らしいデザインを見ると、ペットとしてかわいがったのかもしれないな、という気分になります。

人間も文様や飾りつけになっています。

人体文土器

土器の表面に、やたら肩幅が広く足が細い人のような文様が立体的につけられています。頭の部分は土器の縁から上に飛び出していたらしいのですが、折れてしまっています。よく見ると、ヒップもけっこう立体的で、国宝の縄文のビーナスをほうふつとさせます。

顔面把手付土器全景顔面把手付土器アップ

もう一つ、こちらは「顔面把手付(がんめんとってつき)土器」と呼ばれるものです。縄文時代中期に流行したもので、関東地方からこの辺りまで広がっています。
このタイプの土器の多くは、釣り目になっています。国宝の縄文のビーナスも釣り目ですよね。でも、この土器は垂れ目なんです。その理由はわかりませんが、釣り目で表現するのがいわばルールのようなものであった時代に、なかなか劇的な表現をしたものです。

こんな多種多様な飾りつけの土器が、梨ノ木遺跡から出土しています。当時、評判の土器製作者が代々住んでいたのでしょうか。

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