縄文時代の人々の寿命について
来館されるお客様からよく尋ねられる質問の一つに、縄文時代の人々の寿命があります。質問というよりは「縄文時代の平均寿命って30歳くらいなんですよね?」というような、何となく覚えている知識に対する再確認のようなものです。
現在の日本は、世界的にもトップクラスの長寿国ですが、この長寿命は、食生活をはじめとする生活習慣や保険制度の充実などの行政システムが複合的に絡み合って達成したものだと言えると思います。
文明化以前の太古の昔では医学が未発達であることも踏まえ、このような長寿命になったことから、「縄文人寿命30歳説」は現代の多くの人が納得できるものだったと言えるでしょう。
縄文人寿命30歳説
では、この「縄文人寿命30歳説」はどこから出てきたのでしょうか。一般概説書にもよく書かれてきた「縄文人寿命30歳説」は、1967年に発表された「出土人骨による日本縄文時代人の寿命の推定」に基づくものです。この研究での年齢推定は、頭がい骨の縫合線の状態(たとえば20代では縫合線が消失することはほとんどありませんが、50代では消失してしまう縫合線がかなりあります)、骨端の癒合の状態(軟骨だったものが徐々に硬い骨になります)、恥骨結合面の状態の3点で行われています。分析は、縄文時代前期から晩期までの男性133体、女性102体の合計235体について行われました。この結果、平均死亡年齢が男性で31.1歳、女性で31.3歳となり、15歳まで成長した場合の平均余命が16.2歳(=31.2歳で死亡)となりました。
(1) (2)
理科室でおなじみの人骨模型(1)の頭を見ると、蛇行した線が描かれています(2)。これが頭蓋縫合のひとつで、これが年齢とともに消失していきます。
このほか、写真の丸で囲ったところの点線の部分(恥骨結合面)も、年齢とともに表面が変化するので、年齢を推定するときに観察します。
この結果は、まさに「縄文人の寿命=30歳」と受け止められるのですが、1978年の脊椎骨の研究による「縄文時代の35歳=江戸時代の45歳に相当する」という指摘もあわせて考えると、現代社会よりも過酷な環境であるがゆえの短命だった、と腑に落ちる気がしたのも当然のことと思います。
ただし、1967年の論文では、「考古学的に知られている事実から、当時の住民の寿命が本研究で見いだされた程度の短さであったことの理由を具体的に説明づけることは、きわめて困難なこと」とも指摘しています。
「もうちょっと寿命が長かったかもしれない」という新たな研究
この「縄文人寿命30歳説」に対して、もっと長寿命だった可能性を示す研究結果が2008年に公表されました。この研究は、1967年の研究と異なり、腸骨耳状面(ちょうこつじじょうめん)の観察によるものです。腸骨耳状面(ちょうこつじじょうめん)というのは、腰の骨と背骨が接合している面で、若いうちは表面に水平方向のうねりがあり、この面の輪郭もはっきりしているのが、年齢とともに表面のうねりがなくなって大小のくぼみや穴が生じたり、輪郭が盛り上がったりする、といった変化があるようです。この年齢推定方法は、1985年にアメリカの人類学者が体系化し、2002年に別の人類学者らがより客観的な方法を提唱しました。
腸骨耳状面(ちょうこつじじょうめん)は、背骨のうちの腰の骨である仙骨(せんこつ)と接合する腸骨(ちょうこつ)の接合面です。この面を観察して年齢を推定します。
2008年の研究では、1985年の方法と2002年の方法の両方で研究をしたところ、より客観的な2002年の方法では、死亡時年齢34歳以下が32.1%で、35歳以上64歳以下が35.4%、65歳以上が32.5%となり、15歳時点での平均余命が31.52歳という結果になりました。65歳以上という、現代でもまさに祖父母世代と言える年齢層が全体の3割以上になり、これ以前の研究で指摘されたよりもかなり長寿だった可能性が出てきたわけです。
加えて、少なくとも江戸時代の日本よりも縄文時代の生活ぶりに近いと思われるアフリカの現生狩猟採集民を見ても、65歳を過ぎてから死亡する人の割合は40%を超えていると指摘しています。
1967年の研究も、2008年の研究も、15歳以上と判定された人骨を対象に寿命の研究をしています。ですので、いわば「無事に大人になれた場合の寿命」を算出しているのであって、乳幼児を含んだ全体の寿命を算出しているわけではありません。乳幼児の死亡率や死亡時年齢が不明なので、厳密に寿命がどのくらいだったのかはわかりませんが、「無事に大人になれた場合の寿命」は、2008年の研究では1.5倍にまで伸びて46歳あまり、ということになります。考えてみると、「人間五十年」に近い数字だと言えるでしょう。
参考文献
小林和正1967年「出土人骨による日本縄文時代人の寿命の推定」(『人口問題研究』第102号)
鈴木隆雄1978年「縄文時代より江戸時代に至る日本人脊椎骨の古病理学的研究」(『人類学雑誌』第86号)
長岡朋人2010年「縄文時代人骨の古人口学的研究」(『考古学ジャーナル』第606号)
参考文献のうち、英文のもの [PDFファイル/151KB]