ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
トップページ > 分類でさがす > 非表示 > 非表示 > > 茅野市縄文プロジェクト > - 今、なぜ、「縄文」か -

- 今、なぜ、「縄文」か -

私たちはそれぞれ、永遠とも思える長い時間の流れの中で、今、ここに生を受け、そして生きています。
個としての存在は孤独であるようにも思え、また生命の連鎖のなかで過去からずっとつながっているようにも思えます。
いったい私たちは、どこから来て、そしてどこへ向かおうとしているのでしょうか。

-今、なぜ、「縄文」か-、「縄文」とは何かを問う時、その問いの根底には常に、私たちはいったい何者なのかという想いが横たわっているように感じます。

私たちの生活様式、考え方など日本文化と呼べるものは、縄文文化を基層としていると言われています。
定住が始まることで生活に革命的な変化が起こり、文化を生み出したと言われています。日本列島の豊かな自然風土の中で約1万年にわたり続いた平和な年月は、大陸文明とは異なる日本独自の文化を発展させてきました。

今、私たちは現代文明の行き詰まりの中で個人的、社会的な様々な課題を抱えていますが、縄文文化には、縄文人の生き方を通じて、現代社会が抱える様々な課題の解決につながるための価値が確かにあります。

例えば、ここに土器のかけらがあります。この土器は、縄文人が粘土を手でこね、火で焼いて作り上げ、そして日々の暮らしの中で食べ物を煮炊きした生活の道具です。縄文人の生活の証がそこにあります。竪穴住居の中心には炉があり土器が置かれていて、その周りに家族が寄り添って暮らしていました。

土器や土偶に込められた縄文人の様々な記憶、日々の暮らしを重ねる中で生まれた喜びや悲しみなどの感情は、現代の私たちと少しも変わりなく、縄文人とDNAでつながっているように感じます。

私たちは、縄文人の生き方、その精神性に触れるとき、そこに今を見つめ直し、未来を照らす大切な価値を見つけます。

約1万年にわたり続いた定住生活が可能にした支え合いや助け合いの生き方は、「友愛の心」を象徴していると言えます。

食料にする木の実や住居の材に使用する林などを大切にし、自然を必要以上に壊さないという生き方は、自然と共生し「足るを知る心」を象徴していると言えます。

より豊かな生活を求めて交易を行い、東北や北海道まで黒曜石を運ぶなどの情報交換能力やフロンティア精神は、「たくましさ」、「冒険心」を象徴していると言えます。

草を縄にする、土を器にする、黒曜石を矢じりや刃物にするなど、そこにある資源を上手に活用する知恵と工夫の生き方は、「創造の精神」を象徴していると言えます。

私たちが、まちづくりを考える上で、こうした縄文文化の精神性を学ぶことは、非常に大きな意味があると思います。人も自然も元気で豊かな社会をつくる大きな力になり得ると考えるからです。

茅野市には、全国でも類稀(たぐいまれ)な縄文の文化遺産が多数存在しています。この文化遺産を地域の資源としてまちづくりに活かすこと、そして縄文人の生き方の中に現代人の生き方や、現代社会が抱えている課題を解決する糸口を求めいくことが縄文プロジェクトの目的です。

私たちには、帰るところがあります。世界に誇る縄文文化と、それを育んだ八ヶ岳の豊かな自然に学ぶことにより、心の豊かさや精神性を紡ぎだし、物質的な満足を実感できる社会の実現に向け、縄文をいかしたまちづくりを進めていきます。

みなさんの声を聞かせてください

このページの情報は役に立ちましたか?
このページは見つけやすかったですか?
  • 茅野市公式フェイスブック<外部リンク>
  • 茅野市公式インスタグラム<外部リンク>
  • ビーナネットChino<外部リンク>