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史跡 上之段石器時代遺跡

縄文時代後期末から晩期にかけての指標的な重要遺跡
史跡 上之段石器時代遺跡(うえのだんせっきじだいいせき)

所在地 北山湯川
標高 975メートル
面積 23,629平方メートル
年代 縄文時代早期・前期・中期・後期・晩期、弥生時代、平安時代

特徴

上之段遺跡は、八ヶ岳・蓼科山麓の縄文時代遺跡の中で、尖石遺跡・駒形遺跡とともに最も代表的な遺跡の一つです。台地の東南から湧き出る豊富な清水は、追出川となって南裾に流れ、水量の豊かなことは駒形遺跡の立地する米沢の大清水に次ぐものです。
昭和11年、宮坂英弌によって始めて発掘調査が行われ、台地を東西に通ずる作業道の北側の畑で、地表下80センチメートルから縄文時代中期の立体的把手と共に石囲炉址が発見されました。この炉址の東に接して敷石があり、縄文時代後期の薄手土器、土偶の足、朱塗りの滑車型耳飾りが出土しました。
上之段遺跡は極めて長い時代に亘るので、出土する土器も種々様々で、縄文時代早期の押型文土器、前期の繊維土器、諸磯式土器、中期の勝坂式土器、加曽利E式土器、後期の堀之内式土器、加曽利B式土器、晩期の亀ヶ岡系(大洞式)土器等があります。特に晩期の土器はこの山麓では他に例をみないほど豊富で、中部山岳地帯の縄文時代後期末から晩期の様相の一端を明らかにすることができる重要な遺跡です。
上之段遺跡は、昭和17年に、尖石遺跡とともに国の史跡に指定されています。

上之段遺跡に建てられた案内看板夏の上之段遺跡

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