与助尾根遺跡
縄文集落研究に貢献
与助尾根遺跡(よすけおねいせき)
所在地 豊平南大塩
標高 1,070メートル
面積 67,000平方メートル(尖石遺跡を含む)
年代 縄文時代中期(約5000年前~約4000年前)
特徴
昭和21年、諏訪教育会から遺跡発掘の指導を依頼された宮坂英弌が、縄文時代のムラ全体を発掘する目的で調査した遺跡が与助尾根遺跡です。この発掘は、諏訪地方の高校生の間に考古学ブームを呼び起こし、考古学の道に進む人たちが現れました。茅野市尖石縄文考古館の名誉館長をつとめた戸沢充則明治大学名誉教授もその中の一人でした。
昭和24年に与助尾根遺跡を視察した堀口捨己工学博士は、家屋文鏡と呼ばれる鏡の図柄などから、上屋の想像復元家屋を設計しました。宮坂はその設計図で高校生らを指導して竪穴住居を復元しました。地元の人たちの協力もあり、縄文のムラを思わせる与助尾根遺跡は、歴史の教材などに掲載されました。
また、宮坂は、縄文集落研究上重要な与助尾根遺跡の形成過程を問題とする論文を発表するなど、縄文集落の研究に大きく貢献しました。
現在は、中期後半に同時に存在していたと考えられる6軒を、堀口博士の設計で復元してあります。