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国宝「土偶」(縄文のビーナス)

2017年8月25日登録

国宝「土偶」(縄文のビーナス)

 縄文のビーナス正面縄文のビーナス斜め前から縄文のビーナス側面縄文のビーナス背面

出土日:昭和63年(1986年)9月8日
国宝指定日:平成7年(1995年)6月15日

 

棚畑遺跡は、米沢埴原田の工業団地の造成に伴い、昭和61年に発掘された、市内でも最大規模の遺跡です。この遺跡からは、縄文時代の前期から江戸時代までの生活の跡が見つかっています。特に今から約4000年から5000年前といわれる、縄文時代中期と呼ばれる時代については、この土偶をはじめ、膨大な量の優れた資料が出土しました。発見された住居址は150軒以上、完全に復元された縄文土器は600点にもなります。
縄文時代の集落は、何軒かの家がお祭りなどに使う広場を中心にして環状に作られますが、この土偶もその広場の中の土坑と呼ばれる小さな穴の中に横たわるように埋められていました。
全体像は下方に重心がある安定した立像形で、全長は27センチメートル、重量は2.14キログラムあります。
頭は頂部が平らに作られ、円形の渦巻き文が見られることから、帽子を被っている姿とも髪型であるとも言われています。文様はこの頭部以外には見られません。
顔はハート形のお面を被ったような形をしています。切れ長のつり上がった目や、尖った鼻に針で刺したような小さな穴、小さなおちょぼ口などは、八ヶ岳山麓の縄文時代中期の土偶に特有の顔をもっています。また,耳にはイヤリングをつけたかと思われる小さな穴があけられています。
腕は左右に広げられて手などは省略されています。また、胸は小さくつまみ出されたようにつけられているだけですが、その下に続くお腹とお尻は大きく張り出しており、妊娠した女性の様子をよく表しています。
全体のつくりは、主な骨格となる部分を組み立てて、それに幾つかの粘土塊を肉付けするように丁寧に作られています。表面はよく磨かれて光沢があります。また、粘土は雲母が混じっており、金色に輝いています。焼きは一部甘いところがあり、右足には表面がはがれ落ちていたか所がありました。けれども、一般に見られる壊された土偶とは異なり、完全な形で埋められたものであることは明らかです。
この土偶は、八ヶ岳山麓の土偶の特徴と造形美を合わせ持つことや、当時の精神文化を考えるためにも貴重な学術資料であることから、平成7年(1995年)6月15日に縄文時代の遺跡から見つかったもののなかではじめて国宝に指定されました。 

縄文のビーナスの出土状況「縄文のビーナス」が出土した第500号土坑の位置(中央の赤丸)
「縄文のビーナス」の出土状況(左)と出土した第500号土坑の位置(右、中央の赤丸。ほかに土偶がみつかった住居をオレンジ色と紫色で示しています。)

遺跡の中央に位置する第500号土坑から、寝かせるように安置した状態で出土しました。この出土状況からは、壊す意図がまったく感じられません。茅野市内はもちろん、日本で見つかった土偶のほとんどは壊れていますが、それらとは扱われ方が違っていたのかもしれません。

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